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ぼくのざっきちょう

留年生の楽しい日常

神の存在証明を簡単に考えてみようって話

こんばんは。

 

まさに期末試験シーズンです。

今日は僕のお気に入りの教授の授業のテストがあったので受けてきました。

専門は14世紀のキリスト教だったかの方なのですが僕の学部は商学部のためそんなに詳しい授業ではありません。哲学や倫理学、宗教などを歴史的に追っていく入門的な授業を多く行っている方です。しかし余談的に語られるお話や意見などが面白いのでこの教授の授業を僕はほぼ全部取りました。留年するのでコンプリートできます。やったね。

 

僕が今とっている授業ではキリスト教神道を中心にさまざまな宗教を比較する形で取り上げ道徳の在り方や宗教の未来についてなどを考えていました。

宗教について扱っているので、当然神様も取り上げられます。

いわゆるキリスト教のGodと日本人の言うカミはイコールではないとかいろいろ面白い話もあります。ヘボン式ローマ字のヘボンさんがGodの訳語として神を充てたけど本当はカミじゃなくジンと読ませて日本のカミとは区別したかったのでは…とか。

いわゆるアブラハムの宗教の唯一神と日本の多神教の風土ではかみ合わなかったりしますしね。

 

まぁ今回僕が漫然と考えたのは神の存在証明についてなのでその話にします。

といっても神の存在証明をしよう、と思っているわけではありません。

神の存在証明そのものについて思ったことのお話です。

 

 

無条件にいるとされていた神という存在を理性的に証明する、というのは僕は無謀なように感じます。

しかし今まで名を残す様々な学者や宗教家たちがこの問題に挑んでいます。

Wikipedia大先生を見てみます。

神の存在証明 - Wikipedia

デカルトやカントといった大多数の人が聞いたことはあるであろう人たちが神の存在証明を試みています。

その中でもカントは神の存在証明を4種類に分類しました。

Wikipediaより抜粋します。

4種類の存在証明は、カントがなした分類に従って、通常、次のように言う。

  • 目的論的証明(自然神学的証明):世界が規則的かつ精巧なのは、神が世界を作ったからだ。
  • 本体論的証明(存在論的証明):「存在する」という属性を最大限に持ったものが神だ。
  • 宇宙論的証明:因果律に従って原因の原因の原因の…と遡って行くと根本原因があるはず。この根本原因こそが神だ。
  • 道徳論的証明:道徳に従うと幸福になるのは神がいるからだ。

前3者は、カントが『純粋理性批判』の第三章「純粋理性の理想」において中世以来の神の存在証明をその論駁のために独自にまとめたものである。しかし、神の存在証明の分類としてよくまとまっているため説明の際にしばしば使用される。

 

目的論的証明

目的論的証明を僕は「世界ってめっちゃすごいし人体とかもめっちゃすごい。こんなもん自然に出来上がるわけないでしょ。神様が作ったからだよ!」みたいな解釈をしています。

この理屈僕は結構好きです。言われれば確かにそうかも!ってなるかもしれません。

インテリジェントデザイン(インテリジェント・デザイン - Wikipedia)とかも面白そうですよね、本とか読んでないのでただの感想ですけど。

 

本体論的証明

これが僕にはわかりづらいです。「俺たちが考える神様ってすごいじゃん?でも実際にいなかったらすごくないじゃん?神様がすごくないっておかしいじゃん?だから神様っているんだよ!」的な感じだと理解してます。わかりづらいですが嫌いではありません。しかし神様を勝手に定義している感じはします。

 

宇宙論的証明

これは「なんか世界にはいろいろなものがあるけどそれって何かしら原因があってできたり作られたりしたものでしょ?じゃあその作っていったものをずっと辿って行ったら最初のものがあるはずじゃない?それって神様じゃない?」みたいな感じだと思います。理屈はわかりやすいです。根源にあるものを神様って呼ぼうよ!みたいな。

 

道徳論的証明

これはカントが考えたものだと思います。カントは人間は道徳的に生きねばならないと考えていました。道徳的に生きれば幸福になると。「道徳的に生きて幸福になる。じゃあ幸福は誰が与えてくれるの?神様でしょ!いるかどうかよりいなきゃ困るよ!」って感じに思いました。これあんま好きじゃないですね。いるいないとかじゃなくていてよ!って感じが証明か?と。

 

神の存在証明はだいたいこんな感じに分類されるらしいです。

しかし神の存在証明を行う人は神様がいることを証明したい人=神様を信じている人です。そのため前提に無理があるように感じます。

例えば、①神は完全である(前提)②ゆえに存在する、的な。

神は完全である、という前提を置くことがある種自分勝手なのでは?と感じてしまいます。

それならばまだなんか絶対すごいものがあるんだからそれを神って呼ぼうよ、みたいな理屈の方が僕は好きです。

 

他方神はいないと考える人たちもいます。いわゆる無神論です。

これについても僕は完全には同意できません。

なぜなら神様がいないっていう前提をある種自分勝手においているから。

 

僕は神様がいるかいないかってのは少なくともいまの人間には証明できないんじゃないかなって考えています。おそらく不可知論ですね。

 

以上は僕が大して勉強したわけでもなく勝手に解釈し勝手に考えたことです。

もしそこはこうだよとかってありましたら教えていただけたら幸いです。

 

あなたは神様はいると思いますか?

いたらいいな、とは思いますよね。

 

では